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「最期の最後まで嘘をつく菅総理 この証拠を見よ!」

2011/08/24 23:50

 

show youビデオレター「最後の最後まで嘘をつく菅総理 この証拠を見よ!」(H23.8.24)
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「子ども手当が存続?最期まで嘘をつく民主党」

2011/08/18 23:50

 

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show you ビデオレター「子ども手当が存続?最期まで嘘をつく民主党」(H23.8.18)
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「無謀な脱原発が国民の命を奪う」

2011/08/12 23:50

 

showyouビデオレター「無謀な脱原発が国民の命を奪う」(H23.8.12)

 

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「鬱陵島へ入国拒否 自民党よ しっかりしろ!」

2011/08/04 23:50

 

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show you ビデオレター「鬱陵島へ入国拒否 自民党よ しっかりしろ!」(H23.8.4)
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第976号 「ジョン万次郎記念・日米草の根交流高知大会」

2011/07/16 23:50

 

 第21回日米草の根交流大会が、6月28日から7月4日まで、ジョン万次郎の故里、高知県下で開催された。日米草の根交流大会は、財団法人・ジョン万次郎ホイットフィールド記念 国際草の根交流センター、会長小沢一郎氏(以下、CIE財団)が、毎年日本と米国で交互に開催しているものだ。この大会の目的は、日米の市民一人ひとりが国境・言語・文化などの違いを乗り越え、同じ人間として互いに心を通わせ合い、理解し合い、友情を深め合うことによって、日本と米国そして世界中の人々と良好な関係を築き上げていくことにある。

東日本大震災をうけて、今次は開催を延期するという意見もあったが、米国市民78名の熱意と、地元高知県の尾崎正直知事(大会名誉会長)・橋井大会実行委員長らの「こんな時だから草の根交流が必要だ」という主張で実現した。私も万次郎の故里と同じ土佐清水市の生まれで、6月28日の「草の根同窓会」から参加し、29日のオープンセレモニーが行われた土佐清水市への案内役を務めてきた。

CIE財団は設立されて20年目となる。本来なら真っ先にジョン万次郎の故里で、草の根交流大会が開かれるべきであった。なのに20年間、開催することができなかったことには隠された事情があった。

それは、小沢一郎という政治家と私に対する世間(オーバーにいうと日本社会全体)の、とんでもない誤解があったからだ。それを説明すると現在の小沢一郎の立場が理解できる。ようやく高知で草の根交流大会が開かれるようになったことは、日本社会での小沢一郎氏に対する日本社会の誤解が解消し始めたと言いたい。

CIE財団は平成4年に設立された。その前身は「ジョン万次郎の会」で、平成2年11月29日の国会開設百年記念日に、憲政記念館で設立大会が開かれた。この時期、平成元年暮れには米ソ冷戦が終結し、翌2年8月には湾岸戦争が勃発し、米ソが協力する国連の役割が注目され、新しい国際政治が始まったときだった。

平成2年7月に、新しい西側の国際情勢を調査し、日本の政治の在り方を研究するため、衆議院の与野党幹事長書記長等による調査団を派遣することになった。団長は小沢一郎自民党幹事長(当時)で、6月30日、事務局随行者の私と打ち合わせを行ったとき、「ジョン万次郎の会」を設立することが決まった。

会食の際、私が「来年はジョン万次郎が漂流して150年となる。日本の開国に貢献した人物だが歴史上評価されていない。高知で中内知事を会長に"ジョン万次郎の会"をつくるので、その時に祝電を欲しい」と陳情すると、小沢幹事長は突然機嫌が悪くなり黙り込んでしまった。理由が分からない私が困っていると、権藤恒夫衆議院議員(公明党)が笑いながら「平野君、小沢さんは会長になりたいのだよ」と助け船を出してくれた。すると小沢さんがおもむろに口を開いて、「昨夜、NHKの特集番組"二つの祖国に生きてきた男"を見た。ジョン万次郎のドキュメントだった。冷戦が終わった国際情勢はこれから厳しくなる。万次郎のような国際社会に生きる智慧がないとこれからの日本は生きていけない。会をつくるなら全国版だ。ボクは大臣や幹事長になったときも、自分から頼んだことはない。しかし、これだけは自分が会長をやりたいんだ」と。

困ったのは私だ。天下の与党幹事長が会長となれば良いことばかりではない。誤解も受けるし運営もややこしくなる。しかし、私が口にした以上引くわけにもいかなくなり、「わかった。準備します」となった。幹事長・書記長調査団の調査目的に「市民草の根交流」も入れて、帰国した直後に湾岸戦争は勃発した。多忙で混迷する国会運営の職責を果たしながら、万次郎関連の資料を調べ、「ジョン万次郎の会」の設立大会にこぎつけた。

設立大会の日を国会開設百年記念日としたことには、私の執念があった。万次郎の漂流や帰国、草の根デモクラシーの啓蒙がなければ、日本の国会開設はもっともっと遅れていた。坂本龍馬や後藤象二郎も、板垣退助らも万次郎にデモクラシーの原点を教えてもらっているのだ。

小沢自民党幹事長が会長となる「ジョン万次郎の会」に、野党から批判が出ることを心配していた。ところが以外にも野党側が積極的に協力してくれた。万次郎の人徳のお陰だ。公明党の市川雄一書記長や民社党の米沢隆書記長には調査団の海外旅行中に根回しをしていたので問題はなかった。だが、野党第一党の社会党には何の連絡もしなかった。設立大会の前日、突然に土井たか子社会党委員長から電話があり、「平野さん、ジョン万を世の中に出そうというのに、どうして私に声を掛けないの。同志社の創設者・新島襄が、米国に行けたのは万次郎のおかげよ」との話。驚いて出席を要請、挨拶をしてもらった。高知県出身の共産党衆議院議員・山原健二郎氏も顔を見せた。

平成3年は、湾岸戦争への国論がまとまらない中で、国際社会での日本の在り方、日本人の国際感覚の向上に「ジョン万次郎の会」は役割を果たしていく。秋には京都で「第1回日米草の根交流大会」を開いた。この年は太平洋戦争開戦50周年であり、唯一の日米間のイベントであった。内外から高く評価され、平成4年には万次郎のアドバイスでつくられた企業や運動の理解者の好意で、「ジョン万次郎の会」は、CIE財団に発展した。

ところが、物事はすべてうまくはいかない。この時期、わが国では政治改革をスタートに、日本を改造して新しい国家をつくろうという運動が、小沢一郎氏を中心に始まる。私は平成4年7月の参議院議員選挙に高知地方区から自民党推薦で出馬して当選した。万次郎に突き上げられて、小沢一郎氏と共に日本の改革に奔走することになる。翌年五月には、自民党政治に決別して「新生党」を結成する。8月には40年にわたる自民党独裁政権を崩壊させ、非自民細川連立政権樹立を成功させた。そこから今日の苦難が始まるが、それは政権から離れた自民党から集中攻撃を受けることになるのだ。CIE財団の設立資金で新生党を結成したとか、平野の選挙資金や非自民政権樹立の資金になったなど、衆議院予算委員会で取り上げられたり、マスコミからの攻撃を受けた。一方、万次郎の故里高知では、当時左傾化していた「高知新聞」が「小沢と平野が湾岸戦争で万次郎を政治利用した」と批判した。高知県での小沢氏と私の立場は、自民党で万次郎を政治利用しておいて自民党を潰すとは!、と怨念を持たれていた。それが20年間、高知で草の根交流大会が開かれなかった理由である。

21年目にして高知県民全員に祝福されて大成功したことは、小沢氏の「日本改造」が、これから本格化することの象徴といえる。

☆陸山会事件の証拠不採用問題

日米草の根交流高知大会の成功を見届けて、6月30日深夜、柏市の自宅に帰ると、東京地裁が同日、陸山会事件で検察側の供述調書38通の中で、大多数を「信用できない」としたとの情報が届いていた。その中に「小沢元代表に虚偽記載を報告、了承を受けた」とする秘書たちの調書も含まれていた。小沢問題で検察批判を続けている郷原信郎・名城大教授は次のようにコメントしている。(7月4日夕刊紙要旨)

「小沢氏の共謀を立証する材料は、石川議員らの供述調書しかない。その信用性が崩れたので、検察官役の指定弁護士は闘う前から武器を奪われたようなもの。もはや、小沢氏を法廷にダラダラと縛り付ける理由はない」。

不思議なことに、ジョン万次郎のイベントをやると、これに類したことが起こる。西松事件や陸山会事件もCIE財団をめぐる数々の疑惑も、新しい日本をつくろうとする小沢一郎氏に対する悪意の抵抗であった。

ようやくそのことが日本中の人々に理解されるようになった。

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平野貞夫氏 

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~菅首相、「脱原発依存」の表明~

2011/07/16 23:50

 

 ☆☆片山虎之助 ~菅首相、「脱原発依存」の表明~☆☆

菅首相は13日に記者会見し、今後のエネルギー政策について、段階的に
原発に対する依存度を下げ、将来は原発のない社会をめざす考えを表明、
当面の電力不足の懸念については、国民や企業による節電努力や自家発電
での対応で乗越えられるとの見通しを示し、これまでのエネルギー政策の
大転換を明らかにしました。

福島原発事故の深刻な状況からすれば、原発ゼロはともかく原発依存
度を下げて行くという政策転換は多くの国民の理解を得られるところですし、
私自身も反対ではありません。問題は、具体的に、それを支障なく行う道筋を
どうつけるかです。

電力供給の3割を担って来た原発を減らせば、国民生活や経済活動に
大変な影響が出ます。それを、どういう工程表のもと、中長期的に電力を
安定供給しながら、しかも総コストを上げず、電力料金を高くせずに、どう
実現して行くかなのです。その方策もなく、この夏と冬、節電と自家発電で
どうにか凌いで行けるからというのでは、無責任であり、無能無策の極みです。
枝野官房長官は14日、原発がない社会は、「首相の遠い将来の希望」だとの
認識を示しました。

原発を巡る菅首相の一連の言動には、法治国家と議院内閣制に関する
基本的理解が欠落しているとしか思えません。政策決定に手順、手続を
踏まず、法的な権限と責任のある閣僚と熟議することもなく、専門的、
科学的な検証もしないまま、場当たりな思いつきで政策を決め、発表して
行くことには強い違和感を覚えます。そのためか、結果として何も進まず、
多くは尻切れトンボで終っています。

やはり菅首相には、世論調査が示し、与野党が共に望むように、早々に
退陣してもらうしかないようです。

平成23年7月15日

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第975号 「大東亜戦争の真実を求めて 325」

2011/07/14 23:50

 

繰り返しになるが、その後、支那大陸では北伐が開始され内戦状態に陥る。そして、2次にわたる蒋介石の北伐は失敗する。大正14(1925)年に起きた張郭戦争で、張作霖は関内に進出して直隷、山東安薇、江蘇省などを手中に収め関内派閥と勢力争いが激化したため、満州は兵乱の巷となり日本は在留邦人保護のため増兵せざるを得なくなる。ところが日本が派兵したことによって、張作霖側が有利になり、辛うじて満州王国は崩壊を免れたのだが、この戦いに脅威を感じたのがソ連であった。
1928年、新聞に次のような記事が出ている。

≪ 電報・昭和3年6月1日:参謀長宛 「ソ」連邦大使館付武官:第47号
5月26日「チコリス」軍事新聞「クラスヌイオイン」は24日上海電として左の記事を掲載せり。張作霖は楊宇廷に次の条件に依り日本と密約締結すべきを命ぜり

一.北京政府は日本に対し山東本島の99年の租借を許し
二.その代償として日本は張に五千万弗の借款を締結し
三.尚日本は満州に於ける鉄道の施設権の占有を受く  ≫

このような情報の短編を継続して収集し判読していっていれば、この地域の利権をめぐってソ連がどれほど神経質になっているかが窺えたはずであった。

戦略の基本は敵を2正面に抱えないことである。つまり、ソ連から見れば、当面の作戦正面である欧州に対して、後背部にあたるシベリア、満洲方面こそ、戦略の要である。そこでソ連の戦略の重点は、後背を伺う軍事大国、それも日露戦争で苦杯を喫した大日本帝国であるはずであった。そこで欧州戦以前に、日本をけん制しておかねばならなくなる。つまりそれは、まず満洲の権益を確保すると同時にこの方面に対する日本の進出を妨害することであった。そのためには、日本に味方する張作霖を抹殺しなければならない。ソ連側の戦略は明快であったが、日本側のそれはいかにも不明確で混沌としていた。それに輪をかけたように、軍内部の派閥対立が絡んでいたから、ソ連はそれを巧みに利用したと思われる。張作霖爆殺で一番得をするのはだれが考えてもソ連である。

こうして張作霖爆殺事件に続くのであるが、愚かにも、河本大佐グループはそのための小道具としてソ連に利用されたのである。
そして、一般的にこの事件は「関東軍が地元の親日派軍閥長である張作霖に軍事顧問団を送り取り込みを図ったが、張作霖が排日運動の高まりや欧米からの支援をとりつけようと日本との距離を置き、海外資本の提供をうけて、満鉄の平行線を建設し始めたため両者の関係は悪化した。そこでこれを打開しようと関東軍は張作霖が乗る列車を秘密裏に爆破し、殺害した」と定義づけられ、しかしながら「事件の首謀者・河本大作大佐は、予備役に回される軽い処分とされた。田中義一内閣はこの事件処理をめぐり昭和天皇から不興を買ったことにより、翌年7月になって総辞職に追い込まれた」という歴史上の“定説”を生むにいたった。

もしも河本大佐グループが、日本の将来を考慮して“邪魔な”張作霖爆殺を謀ったのだとすれば、それは国際戦局全体が見えない「視野狭窄症」だったのであり、逆に「日本の将来」などは無関心だったのだとすれば、河本グループ内にコミンテルンに同調する一派がいて、意識的に行動したというべきであろう。

ところが最近になって、張作霖爆殺事件はソ連特務機関(GRUが実行したものだという説が急浮上してきた。再び加藤氏の著書に戻ろう。

≪ゴルパキジとプロホロフの共著[GRU帝国]によれば、「モスクワでは張作霖を処分する事、その際に日本軍に疑いがかけられるようにすることが決定された」「この作戦をサルヌインに知らせるために、エイチンゴンが指名された。指示された特殊任務は成功裏に終わった」という謀略が判明した。

加えて『マオ』がこうした内容を典拠にして、張作霖爆殺はスターリンの命に基づいて行われたものだとした事実は明らかになったが、決定的な第一次史料の発見にはまだ時間を待たねばならないのが実情でもある≫

クレムリンから新史料が出されない限り、決定的なことは言えないのだが、ここで加藤氏はモスクワの書店で「GRU百科事典(セーヴェル&コルパキジ著)」という大部の書を発見する。加藤氏は、特殊部隊の経験があるセーヴェルの「知識と状況証拠を基にして組み立てられた」次のような記述を訳して紹介している。

≪フリストフォル・サルヌイニの諜報期間における最も困難でリスクの高い作戦は、北京の事実上の支配者張作霖将軍を一九二八年に殺害したことである。張作霖は一九二七年以降も明確に反ソ、親日政策を実行していた。ソ連官吏に対する絶え間ない挑発行為のため、東清鉄道の運営はおびやかされていた。将軍の処分は日本軍に疑いがかかるように行われることが決定されたのである。そのためにサルヌイニのもとにテロ作戦の偉大な専門家であるナウム・エイチンゴンが派遣された。

彼はまさに十二年後にレオントロッキーの暗殺を指揮することになる。特殊任務は成功裏に終わった。

一九二八年六月四日、張作霖は北京―ハルピン(引用者注:正しくは奉天)間を行く特別列車で爆死した。そして張作霖殺害の罪は、当初のもくろみ通り日本の特殊部隊に着せられた。情報局内部ではリスクを回避すべくサルヌイニをモスクワにいったん呼び戻したが、それも短期間のことであった(「GRU百科事典」二二五頁)≫   (軍事評論家・元空将)

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佐藤守氏 

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第974号 「感謝してご冥福を祈る、東シナ海のF15イーグル」

2011/07/13 23:50

 

 七月五日、高松にいたとき、航空自衛隊那覇基地所属のF15戦闘機が、訓練中消息を絶ったという報道に接した。
それ以来、毎日、F15のことを思う。

よって、この通信に於いて、
七月五日午前十時三十三分、那覇北西百八十五キロの洋上に於いて、戦闘訓練中に殉職したF15イーグル操縦士、
川久保祐二空軍少佐の死を悼み謹んで哀悼の誠を捧げたく!

 私は、F15イーグル戦闘機による戦闘訓練が如何に過酷か、その一端を実感している。
川久保祐二少佐らは、遙か東シナ海洋上に於いて、その戦闘訓練を行っていたのか。それを思うと、深く敬意を表し、まことにご苦労様でしたと申し上げる。
そして、我が国家にとって、熟練のF15パイロットを失ったことは、まことに大きな国家の戦力の喪失であることを思い、
同時に、川久保少佐の残されたご家族の悲しみ如何ばかりかとお察しする。悲しいが、この戦闘機が水面に墜落すれば、搭乗員の五体は肉片となって四裂し、ご遺体は戻らないだろう。
このF15熟練パイロットという国家の戦力の損失とご遺族の悲しみ、まさに、痛恨の思いである。
川久保少佐も、かつて、多くの神風特別攻撃隊の若者が戦闘機を操縦して突っ込んだ沖縄周辺の東シナ海に眠られることとなった。

以上、哀悼の意を表し、さらに、川久保少佐が殉職した東シナ海海域で、我が国のF15が戦闘訓練をすることが如何に我が国の国防上重要な意義があるかを強調したい。
那覇基地のF15の存在が、中国に対する大きな抑止力となっているのである。
従って、東シナ海でF15行方不明との初めの報道に接したとき、F15が東シナ海で飛んでいたのか、よくやっていてくれた、ご苦労様」と言う思いが湧いた。と同時に、F15のパイロットが生還する確立は極めて低いと痛恨の思いがした。

ところが続く報道で、那覇市長や豊見城市長が、那覇基地を訪れ、F15飛行の安全を確保せよと抗議したという報に接した。
その時、正直言って、こいつら馬鹿かと思った。
哀悼の意と感謝の意を表すべきとにに、マスコミを引き連れて「抗議」とは何事か。
那覇基地とF15の存在が、如何に沖縄を、そして日本を守っているのかを少しは考えろ、と思う。そうすれば、この度の事態に地元の市長として対処する姿勢も分かるはずだ。
もっとも、我が国では、これらの市長が、標準なのかも知れない。二年前の総選挙では、一月前には国の政治のことなど考えたこともないチルドレンが、「生活第一」と「政権交代」と「官僚批判」を言うだけで当選し、鳩山、菅という馬鹿が総理を続けてきているのであるから。

F15は、人間の体の限界を超えたジェット戦闘機である。普通の人間の体は、9G(体重が九倍になること)以上の重さには堪えられない。しかし、F15は簡単に9Gを突破する。従って、F15のパイロットは、現役のボクサーや現役の柔道選手並みのトレーニングを続けていなければならない。何しろ、F15は、離陸して上昇し水平飛行に移るときに体重が四倍になる(4G)。
この度の川久保少佐は四機のF15の一機として9時五十九分に那覇基地を離陸し、それぞれ二機づつ敵味方に分かれて戦闘訓練(ドッグファイト)を行ったという。
私は、平成十一年一月、百里基地でF15に搭乗させてもらった。その時、離陸して急上昇し、水平飛行に移るとき機は百八十度反転し頭の上に地面が見えた。そして4Gだった。その後、敵味方に分かれて戦闘訓練にはいったが、急旋回、急上昇、急降下の中で8Gを体験した。私の飛行記録は、最高スピードマッハ1.12、高度四万二千フィート、マックスG8.0、だった。
搭乗後、何故急上昇して水平飛行に移るときに裏返るのか、と尋ねると、そのままの姿勢で水平飛行に移ると、頭が天井に激突するからだという返事だった。

報道によれば、川久保少佐は、十時二十九分、訓練中止を要求し、四分後に機影がレーダーから消えた。その間、彼は過酷なオーバーGの中で機体を墜落させまいと闘っていたのだ。ベテランのパイロットが死力を尽くしていた。そして、ただ一回の墜落を経験した。
帝国海軍の潜水艦の中で殉職した佐久間艇長は、艇の事故原因と改善策をメモに残すことができた。しかし、F15の川久保少佐には、その時間も与えられていなかった。

さて、F15イーグルは、アメリカのマグダネル・ダクラス社製の戦闘機で1233機製造された。日本には200機以上配備されている。
このF15を保有しているのは、日本とアメリカイスラエルそしてサウジアラビアの4カ国だけである。
実戦に使用したのは、第4次中東戦争以後のイスラエルであり、一方的に多くのシリアのミグ21を撃墜した。実戦で撃墜されたF15は無く高い生存性を誇っている。

そこで、この最新鋭のミグ戦闘機と闘って負けなしのF15イーグルを我が国が二百機以上保有し、那覇基地から飛び立ったF15が東シナ海で戦闘訓練をしている。
このこと自体が、既に我が国の領土領海を中国から守っているということなのである
かつて能登半島沖に侵入した北朝鮮の工作船を海上自衛隊が追いかけていたとき、北朝鮮はミグ戦闘機二機を我が国に向けて飛ばしてきた。しかし、小松基地からF15をスクランブル発進させると、ミグ機は我が国の防空識別圏からユーターンして引き返していった
このことを思い起こし、現在東シナ海全海域で日本海の小松基地と同じ機能を発揮しているのが那覇基地のF15であることを認識すべきである。
従って、殉職した川久保少佐らの訓練が如何に大切な国家のための訓練であるか思いを巡らせていただきたいのである。

なお、私自身、このことで恐れ入ったことがあるので書き加えておきたい。
平成9年5月、私は石垣島から尖閣諸島魚釣島に行った。別に秘密にすることではないので、内閣調査室の知り合いにも、顔を立ててやる意味で、乗る船は言わなかったが、「明後日くらい、尖閣の海は晴天やで」と行ったりして知らせてから行った。
その時、航空自衛隊の那覇基地の指令は空将の佐藤守さんだったが、現役退任後話をしていると、西村の尖閣上陸の時は、司令として那覇基地には万全の体制をとらせていたのだとおっしゃった。あの時那覇基地にあったのは、F15イーグルではなくF4ファントムだったと思うが、佐藤閣下からその話を聞いたとき、尖閣に向かう4.5?の小舟の上の自分がお釈迦さんの手のひらの上で暴れていた孫悟空のような存在に見えたものだ。そして、那覇基地の存在と佐藤閣下の万全の体制の指令が、実にありがたく心にしみた。
沖縄のある東シナ海は、あの時も最前線だった。

その時より遙かに深刻さを増す最前線にあって、過酷な、まことに過酷な戦闘訓練を続け、
東シナ海洋上に於いて7月5日午前10時33分に殉職された
川久保祐二少佐に、敬意を表し、感謝し、
心からご冥福を祈り申し上げます。

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西村眞悟氏 

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☆☆西岡武夫さんが一番だ☆☆

2011/07/13 23:50

 

☆☆西岡武夫さんが一番だ☆☆

「首相、福島では鬼の政治」「辞任させることが責任」不信任と問責 同時提出呼びかけ

西岡武夫参院議長は12日までに、「国難にあたって延命に汲々とする菅直人首相を辞任させることこそ民主党議員の責任」と訴える論文を発表した。具体的な提案として、衆院で内閣不信任決議、参院で首相問責決議の両案を同時に提出し、即時退陣を実現すべきだと主張している。

論文の表題は「国難に直面して、いま、民主党議員は何をなすべきか」。首相が打ち出した「脱原発」のスローガンは、福島第1原発事故対応の失敗をごまかすためで、国政選挙の争点にはなりえないとの認識を示し、「首相がいま総選挙を述べること自体、噴飯ものだ」と切り捨てた。同時に、原発周辺への避難指示が遅れたことで、避けることのできたはずの放射線に住民をさらしたとして、「鬼の政治」と非難した
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110712/plc11071218270019-n1.htm 

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第973号 「選挙の恐怖を見透かす菅首相」

2011/07/12 23:50

 

六月三十日の某報道……以下を綴り合わせてみた。

ここぞとばかりに「脱原発解散」をにおわし、民主党内の、不満分子の動きを封じた菅直人首相。二十八日の民主党両院議員総会での「菅降ろし」を封じる狙いがあったに違いない。――しかも言いたいことだけ言い放ち、そそくさと退散したため、首相のつるし上げは不発に終わった。

小沢代表に近い衆議院議員は「私の顔をみたくなければ法案を通せ」と言う発言は、国会を冒涜している!「首相は法案を通す前に辞めなければならない」と退陣を迫った。
辞めることが決まっている首相をあえて追求しないという作戦はどうか。」
別の議員は「無視して窮地に陥らせる……いいアイディアだ」と。

首相は一日も早く四国巡礼に旅立つ意志を固めてもらいたい。
首相は冒頭に挨拶した後、複数の議員の質問に一回だけ答え、「逃げるな」との罵声に振り向きもせず、途中退席してしまった。

首相は解散を考えているのではないか。唐突に選挙をしないようお願いしたい。
選挙基盤が脆弱な民主党の中堅・若手にとって、それほど「解散風」は効果絶大なのだ。
これに対して岡田幹事長は「解散などあるはずがない。被災地のことを考えれば、そんな時間はない。あまりこの話をどんどんしていくと、雰囲気が醸成されてしまう。
首相が最後までいればよかった。私も不満だ(直嶋正行・両院議員総会長)

党も国家もない首相

会期七十日の延長が決まった。しかし、延命にすべてをかけている菅首相にしてみれば、次々と延命のための口実を述べ、その手段を弄するのみ。
辞意を表明した首相が、内閣を改造して、何をしようとしているのか。それでも、金と地位に恋々とする国会議員が少なくないと、自分なりに計算しての延命の悪アガキか。
某氏を自民党から引き抜いた結果は「メダカ一匹」を釣り上げたとの酷評である。
政治倫理で最も戒めるべきは、相手の懐に手を突っ込んで議員を引き抜くことである。
誘われた某氏の魂胆はいかがあれ、これに対する自民党の怒りは大きい。

与野党の国会運営の担当者は、お互いに、天災復興の為には党派を超越して、協力関係の構築に意を尽くしている最中に、首相が相手の顔に一撃を打ち付けたから、国会の審議は容易に進まない。

岡田幹事長衆議院解散など在ろうはずはない。と首相の専権事項の解散権にまでふれて、首相の野心を否定している。それでも内心の不安は消せないらしく、あまりそのことを心配すれば、菅首相のことだから、打って出るかもしれないとの意を含んでいる。
次への再々延長を試みれば、首相に対して、不信任の提出と可決がほぼ決まる。
だとすれば、首相の往生際の悪さを見届けている識者にとっては、衆議院解散総選挙は、既定路線とみる。

政治家となり、一党の代表ともなれば、仲間うちから相当の尊敬を受けるのは、日本社会にとっては、当然の礼儀作法であろう。
まして内閣総理大臣ともなれば、その名前もまた尊称される。万一、総理大臣の氏名を呼び捨てにしたり、蔑視すれば、その言を用いた人の人格が逆に軽視される。
だが前述の如く、民主党の同僚議員の間からは、菅首相に対して、同列以下の言辞を用いられることが普通となり、首相自身も卑下されていることを承知しつつも、なお最高の地位にシガミツイテ居る。

それは、自身の品位を汚すだけではなく、内閣総理大臣の地位そのものをも冒涜することである。前代未聞の総理を選出し、その任にあらざる数々の所行を知り、もう限界を超えたと承知している民主党幹部をしても、彼を首相の座から辞任させられない、苛立たしさに日本政界は、菅直人と呼ぶ首相の恥ずべき事態に戸惑っている。
週刊誌は、正常ではない菅首相は、病気だから永田町よりも、「病院へ行くべきだ」との酷評である。誰が見ても菅首相は、眼がウツロであると見る。

神仏の誘いかも?

政局を客観的に評するならば、首相は、好むと好まざるとに係わらず、延命に血道をあげており、その行き詰る果ては、衆議院解散総選挙に、突っ走るのではないか。
夢遊病者が、ウツロに振り回す「狂気の宝刀」は、結果として、民主党も、自民党も、
その渦中に巻き込まれる。その果ては政界の再編成とならざるを得ないと視る。
その招く結果を、菅首相は、日本の政局の在り得るべき理想像として、信念を持って突き進むならば見事である。しかし実体は全く異なる。

夢遊病者がウツロな眼で、永田町で抜く宝刀は、「日本の前途を憂うる神仏」が、首相の意志とは全く別の目的で、彼をして振舞わせているように見えて仕方がない。
ともあれ、今日の日本の政局には、政界の再編成によって、民主党も、自民党も、本来の在るべき魂を、保守は保守なりに、革新は革新なりの如く思想を統一すべきである。
例えば民主党には、自民よりも右の議員が沢山居る。自民にも、民主よりも左の議員が沢山居る。自分の信念、即ち本籍と現住所の違いが、双方の党を汚している。選挙の為の便宜的な「現住所」と云う、有権者を欺く利己的議員は、決して少なくない。

政界の混迷の行き着く先が衆院の総選挙であり、その結果が、政界の再編成をもたらすとすれば、願ってもない結果となるやもしれない。そんな願いをこめて、政局を注視する。
日本史上最大の震災、そして未経験の原子力発電の事故の発生以来、既に四カ月を経過した。残念なことに、未だその対策と落ち着きを示していない。

最悪の政権に対して、最悪にして最大の天災が襲いかかっていることは、天は何と無慈悲な所業なのか。だが仏説に従えば、最悪の政治権力者を選んだのは、我々日本国民である。権力者の悪政に反省を求める為に、想定外の大警告として、天が下した三災七難が発せられたものと、因果の元を辿る必要がありはしないか。

無責任極まりない民主党政権だからこそ、それにふさわしい天災が起きたとも云うべきか。また、その政権の誕生を齎した自民党が、いち早く、取って代わる体制を確立できないこともまた、復興を遅らせ、天災の害を長引かせた一因とも反省すべきである。
日本国家にとっては、自民党も、民主党も、賞味期限の切れた二大政党となった以上、この二党が解党的に出直しをして、政治理念と基本政策を中心とする、まともな政党人らしい愛国心に燃えた、国家中心の政党として「再出発し直す」ことが期待される。

戦後六十余年、独立国らしからぬ、占領下の「非武装憲法をそのままに、自由と平等を叫び続けた政党の下で、良くもまあ、平和を乱すことなく今日まで、平和日本が存立し続いたものだと不思議に思える程である。
国家観無き国会議員の存在は、今日まで国家の防衛力を口に出すだけで、その人達は軍国主義者、侵略主義者と悪罵を受けても不思議ではなかった。
占領者のアメリカの功と罪の両面が、今日の日本国家そのものの「奇形児」をアジアの一角に残した。それが巨大な経済大国として君臨している今日の姿こそ異様でもある。

日本再生の三つの要件

その第一は、教育の改革、特に歴史教育の是正。
その第二は、憲法を破棄し、自衛隊を国防軍として強化。
その第三は、内需拡大、特に公共事業を拡大し、天災に備え、かつ雇用を確保。
戦争の歴史は、すべてに言い分が存する。何れが正しいかを論ずべきであって、その長所、短所の双方を正確に記述し、後世に伝えて堪え得るものでなければならない。
その点、占領政策後約六十年を経て、敵、味方双方から流れる情報公開の中で、歴史の真実が浮かび上がりつつある。東京裁判の歪みが、是正されつつある。
幸い、我々の祖先が進めた日本の安全と、アジア各国の独立解放、即ち大東亜戦争など独立達成の歴史の真実が、正しく書き換えるべき時が訪れた。

我々が正しいと絶叫するのではない。歴史の真実に一歩でも近づけるべきだと主張するのみ。それが先祖に対する畏敬であり、祖国に対する愛国心であり、教育そのものだ。
その二は、現行憲法の破棄と新憲法創設及び防衛力の整備、国防軍の創設である。
前項の教育改革、即ち歴史教育の歪みが、直ちに防衛即軍国主義との誤解となっていた。
近年、共産党中国の(尖閣・沖縄への)侵略の意図が露骨となるに従って、アメリカも日本の弱体化政策の誤りに気付き、自衛隊の創設強化に手を貸して今日に至っている。
幸い、旧軍出身の精強者の生き残りが、自衛隊の今日を育てることに成功している。
問題は装備よりも精強の武士道である。その練度と秩序と献身の合体した態勢は、今回の災害救助部隊の、米軍と共に共同行動を重ねた、魂の籠った活躍が示している。

自衛隊の果した行動は、訓練の限界を超え、被災者をして「神々しい」とまで評した。それが軍人の規律だと体で示してくれた。それが国家の柱石でなくして何であろうか。
それよりも、何よりも「備え在れば憂いなし」は、独立国の当然の任務である。
防衛力、特に海軍力の増強は目下の急務である。護衛艦、イージス艦、空母等の建造等は、侵略者の野望を食い止めることが、最高の平和政策である。

日本の最大の課題は、不況克服の為の公共事業の拡大である。
今回の原子力発電に対する政府の不用意な発言によって、エネルギー問題と電力不足が全国的に心配されており、止むを得ず、企業の生産拠点を、労働力と生産環境の安易な海外に移転させつつある。生き残りをかけての企業としての自衛力とみる。
しかれば、日本国内の雇用は、そして国土の環境整備は、まして研究開発はどうなるのか。更に大災害は「コンクリートよりも人を」の無責任な民主党の標語が、天災によって日本人に思い知らされた。削除された公共事業を大々的に復活させるべきだ。

日本海側の新幹線の新設、リニアモーターによる東京大阪間の新設、耐震強化の学校校舎、為すべきことは、東日本復興と共に、大々的に、行なう時だ。
以上に述べた、日本の直面する課題、これは耳新しい施策ではない。独立国として当然の体制をとり得なかった欠陥国家を、正常に移すことに過ぎない。
財源は、この際だからこそ政府紙幣を発行する。それが、円高を喰い止めることにもなる。

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塚本三郎氏 

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